四国88ヶ所めぐり遍路の足袋  寺巡り
弘法大師ゆかりの88ヶ所の寺院の総称で、これらを結ぶ遍路道を順に辿ります。1400kmにも及ぶとか。気長にゆっくりと、挑みます。

9日目 11日目


第10日目

2022/3/30    JR造田駅⇒88番大窪寺⇒87番長尾寺⇒86番志度寺⇒宿   50.9 km


JR造田駅から88番 医王山大窪寺をめざして
JR造田駅⇒88番大窪寺

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JR造田駅
ここで折り畳み自転車を組立てて、お遍路「巡礼の足跡」の始まり。今回は4日で戻らないといけないので、近場を彷徨うために逆打ちとします。88番の大窪寺に向かいます。
讃岐平野は瀬戸内海気候で雨が少なく、ため池が多い。ため池にソーラーパネルを浮かべた発電所。
宇佐神社前の亀鶴古墳群
 
 宇佐神社前の亀鶴古墳群
宇佐神社
宇佐神社
宇佐神社
宇佐神社
宇佐神社
宇佐神社
おへんろ交流サロン・前山
おへんろ交流サロン・前山
駐車場から公園付近    ちょうど桜が満開だった。    
国指定重要文化財 細川家住宅
国指定重要文化財 細川家住宅
国指定重要文化財 細川家住宅
国指定重要文化財 細川家住宅






88番 医王山大窪寺 八十八ヶ所結願(けちがん)の霊場「大窪寺」。

御詠歌       南無薬師諸病なかれと願いつつ 詣(まい)れる人は大窪の寺(てら)
宗派        真言宗 大覚寺派
開基        行基
ご本尊       薬師如来
創建        養老年間(717年~724年)
所在地      香川県さぬき市多和兼割96番地

     
仁王門
わらじ
手水舎
鐘楼堂
藤棚
弘法大師像
大師堂
大師堂
宝杖堂        結願で不要になった杖を奉納するところ。
心経塔
結願修行大師尊像
この像は大阪八十八会の皆さまが四国霊場八十八か所の巡礼を無事終わることができた喜びと感謝を込めて建立されたものです。
今から1200余年前の昔、お大師様が一切衆生済度の為に四国88ヶ所を御開創される時、お大師様の師匠である中国の恵果和尚より授かった三国伝来の錫杖を結願所たる当山にご自身の身代わりとして納められました。 その錫杖を模して謹製し、このお大師様にご所持願い有縁の皆様が直接お錫杖に触れてお大師様とのご縁を深めご利益を受けて頂きたく存じます。
       大窪寺住職              立て看板から転載
手水舎
納経所
本堂
本堂
大銀杏
阿弥陀堂
山門
山門    


88番 大窪寺から 87番 補陀洛山長尾寺をめざして

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87番 補陀洛山長尾寺 平安時代、当長尾寺に明印という名僧がいた。讃岐国司であった菅原道真公と親交厚く、延喜二(九〇二)年、道真公が九州へ左遷のときに志度浦に出て「不期天上一円月、忽入西方万里雲」の詩を贈って心を慰めた。公もまた詩と自画像を明印に与え別れを惜しんだが、後にこの古事により、宝永七(一七一〇)年、天満自在天神宮として建立、当山鎮守として祀られている。       長尾寺HPより

御詠歌       あしびきの山鳥の尾の長尾寺(ながおでら) 秋の夜すがら御名(みな)をとなえよ
宗派        天台宗
開基        行基
ご本尊       聖観世音菩薩
創建        天平11年(739年)
所在地      香川県さぬき市長尾西653番地

     

山門
山門
山門裏側。仁王の背面には草履。  通路中央に鐘がつってあり、鐘楼堂と兼ねている。
山門に鐘楼が釣ってある。
大クスノキ
本堂
本堂
大師堂
大師堂
同行二人の御詠歌
あなうれし ゆくもかえるも どとなるも われはだいしと ふたりづれなる
薬師堂
長尾寺 東門
この門は、高松市栗林公園の北側にあった正門として、延享年間に建築され「かいノロ御門」と名付けられた。「かいノロ」とは中国語で幽谷への入口を意味する。
大正2年この門が改築されることになった時、当時の長尾寺村岡俊獄僧正が門の原型をそこなわないという約束で払下げをうけ、忠実に再現したもので昔は長尾寺の正門であった。
                   説明板を転記
静御前 剃髪塚
平安時代の武将 源義経が愛したとされる静御前。静は舞の名人であった母 磯禅師から舞を教わり、宮中で雨乞いの舞を披露した際に後白河天皇より”日本一の舞姫”と賞賛される。母 磯禅師が東かがわ市小磯の生まれだった縁から静が晩年過ごしたのがこの「剃髪塚」。静は奈良・吉野の山中で義経と別れた後、京へと帰ったが義経恋しさのあまり病気を患い、郷愁を感じていた母と共に讃岐の地へ帰ることとなった。母と共に信仰の旅へと出た静は長尾寺へ辿り着き、住職の宥意和尚から「いろはうた」などにより世の無常さを諭され、二人は得度した。静は宥意和尚の一文字をもらい「宥心尼(ゆうしんに)」、母は「磯禅尼(いそぜんに)」となった。その際に落とした静御前の髪が剃髪塚に納められているとされる。      説明板を転記
     
長尾天満自在天神宮
平安時代、当長尾寺に明印という名僧がいた。讃岐国司であった菅原道真公と親交深く、延喜2(1902)年、道真公が九州へ左遷の時に志度浦に出て「不期天上一円月、忽入西方万里雲」の詩を贈って心を慰めた。公もまた詩と自画像を明印に与え別れを惜しんだが、後にこの古事により、宝永7(1710)年、天満自在天神宮として建立、当山鎮守として祀られている。
            説明板を転記

86番 補陀洛山志度寺

御詠歌       いざさらば今宵はここに志度の寺 祈りのこえを耳にふれつつ
宗派        真言宗善通寺派
開基        尼凡薗子
ご本尊       十一面観世音菩薩
創建        推古天皇33年(626年)
所在地      香川県さぬき市志度1102    
     



納経所
手水舎
鐘楼
五重塔
県指定有形文化財  木造如来形座像を収納
県指定有形文化財  奪衣婆堂
本堂
大師堂
閻魔堂(琰魔堂)
仁王門
山門
書院
薬師堂



86番 志度寺から宿をめざして

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